介助ボランティア

連絡協では受検での随時介助ボランディアを募集しています。

活動内容
受検生の中には身体障害、知的障害、発達障害により、代読者、代筆者、意思疎通者を必要とする子ども達がいます。その子にあった受検をするために必要とする介助者を探しています。先ずは、受検生と仲良くなれるよう交流を図ります。受検時以外は決められた日時は設けていません。受検生と話し合って決めていきます。
障害のある学生の受検のお手伝いをして頂ける方を随時募集しております。受検は毎年2月後半にあります。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
受験生に聞いてみました。
 私はAさんに受験の作文と面接のときに見守り介助をしてもらいました。おかげで高校に合格することができました。私は緊張で言葉が出なくなるときがあるので、受験のときに力を出せるか心配でした。けれど、Aさんが一緒にいてくれたので、勇気をもらい落ち着いて受験をすることができました。前期は残念ながら定員が割れず不合格でしたが、後期に受けた高校に合格しました。後期もAさんが付き添ってくれたので、実力を出すことができました。
介助ボランティア実習後の感想を頂きました。
大学4年
 先日はありがとうございました。私も今までぼんやりとしていた介助のイメージが明確になり、不安が軽くなりました。Tさんが受検に対して前向きになれたと聞き、少しでもお力になれたことが嬉しいです。
お互いより安心して本番に臨めるように、練習や交流を重ねていきたいと思いました。問題の進め方等迷う所や難しさも感じたので、ご本人の希望に寄り添った介助ができるよう、コミュニケーションをもっと取っていきたいです。
そして何より、とても楽しい時間でした☺️今後ともよろしくお願いいたします。
大学院2年
 昨年より、この介助ボランティアに参加しており、入試のお手伝いなどに関わっています。なかなか普段障害当事者と関わる機会がない中、ここでは貴重な機会をいただいています。最初はどうやって関わっていいか分からず不安でしたが、実際に関わってみるとそれほど難しいものではなく、障害者と共に生きていくことは誰もができることだと分かりました。 そして、障害者であるゆえどうしてもできないことは多いですが、できないことも含めてありのままの姿が受け入れられる環境は新鮮で、そして何よりとても面白いです。皆さんのご参加を是非お待ちしています。
高校入試で介助ボランティアを経験された方から報告していただきました。
大学院2年
 私は誘われて介助ボランティアに参加しました。私がしたのは、障害のある子ども、その親と面接練習をすること、及び担当していた介助ボランティアの学生の補欠という意味も込めて入試の朝に応援しに行くことでした。私が関わった子どもは、結局試験で不合格にされてしまいました。その後その親子は、大急ぎで二次募集に応募し、なんとか高校に進学しました。

考えてみると入試で不合格になり、親子が必死で別の進学先を探さなければならないのは、変な話だと思います。なぜなら高校で友達と教育を受ける権利を保障することは国や地方自治体の義務であり、行政の都合(高校を卒業し得る適格者がほしいなど)で不合格にするのであれば、行政側が他の(普通)高校の進学先を用意するべきだと感じたからです。対症療法的ですが、そうしなければ行政矛盾の皺寄せを、障害のある子どもとその親が受けざるを得ないという現状があると思いました。

そもそも適格者主義がおかしい!

大学3年
 私が介助を担当することになったのはノンバーバルの方でした。初めはどのように接すれば良いかわからず、コミュニケーションも取ることができませんでした。しかし、時間を共有するなかで、言葉はなくとも表情や動き、スキンシップの取り方から、その方が今どのような気分なのか、何を困難と感じているのかを推測できるようになり、次第に意思疎通できるようになりました。

知的障害者は簡単に意思疎通ができないとみなされ、特に排除の対象となりやすいマイノリティだと思います。確かにコミュニケーションを取るのに難しさを感じることはありますが、対話(言葉を使ったものに限らず)を通じて意思疎通し、ともに課題に取り組めるのだと、介助ボランティアを通じて学びました。実際に障害者と関わることで初めてわかる難しさや、その難しさを解消する工夫の方法があります。これらによって、障害者差別に関する議論において、机上の空論ではない現実を意識した議論に近づけているのではないかと感じています。

大学 4年
 K君は、極度の緊張と人見知りといった特性を持っていますが、少しの工夫や調整によってできることの幅が格段に広がります。この「合理的配慮」もなしに「できない」と決めつけられ分離される教育のあり方に改めて問題意識を持ち、現実のやるせなさを卑近に感じたことが大きな学びになりました。

私は障害を持った人と関わった経験がほとんどなかったのですが、約1年間の関わりを通して、障害者−健常者の間を隔てていた無意識下の「壁」が崩れてきたように感じています。重要なのは目の前の相手が何をしたいのか、何を求めているのかを真摯に向き合って考えることであり、それは普段の友人との関わりと何ら変わるものではありません。障害者というだけで慣れない存在として特別視することは、自分の世界を狭めてしまう、もったいないことだと思います。一歩踏み込んで関わるきっかけとして、また社会や障害について自分事として考えるきっかけとして、貴重な経験でした。